米津玄師の経歴

【保存版】米津玄師のプロフィール・経歴を徹底解説|ボカロP時代〜2019年まで

ライター:スイ
米民歴:8年(ボカロP時代からの追っかけ米民)

 

知る人ぞ知るアーティストから、誰もが知ってるアーティストへ成り上がった米津玄師さん。

2018年に発売されたシングル「Lemon」からファンになり、米津玄師さんの経歴をあまり知らない方も多いのではないでしょうか。

そういった方のために、米津玄師さんのプロフィールや経歴などを詳しくご紹介いたします。

この記事を通して、米津玄師さんの魅力をもっと知っていただけたらと思います。

 

米津玄師のプロフィール

 

プロフィール

本名:米津玄師(よねづけんし)

別名義:ハチ

職業:シンガーソングライター、イラストレーター、映像作家

出身地:徳島県

誕生日:1991年3月10日

身長:188cm

血液型:O型

所属レーベル:ソニー・ミュージックレコーズ

所属事務所:REISSUE RECORDS

 

米津玄師のボカロ時代~メジャーデビューまで

VOCALOIDという、パソコンだけで誰でも曲が作れるソフトをご存知でしょうか。

初音ミクやGUMIなどが有名ですね。

実は、米津玄師さんもVOCALOIDで音楽活動をされているのです。

VOCALOID、通称ボカロでの米津玄師さんの活動からメジャーデビューまでをご紹介いたします。

 

ハチとしてボカロで名曲を生み出す

ボカロで曲を作る方のことをボカロPと呼び、米津玄師さんのボカロP名は「ハチ」という名前です。

米津玄師さんは2009年頃から、ハチとして制作した楽曲をインターネット上にアップしていました。

ハチ名義でのデビュー曲は、初音ミクを使用した「お姫様は電子音で眠る」という楽曲です。

2010年には、ハチ名義で作ったボカロ曲を盛り込んだ自主製作アルバム「花束と水葬」「OFFICIAL ORANGE」を発売しています。

このアルバムは、どちらも2013年に全国流通盤が発売されましたので、現在でも入手することが可能です。

そして、2011年までに「結ンデ開イテ羅刹ト骸」を始め「マトリョシカ」「パンダヒーロー」といった、いわゆる神曲を生み出しています。

どの曲も独特の世界観への誘引力が凄まじく、ニコニコ動画ではミリオン再生数を記録するほど人気がありました。

 

ハチ以前にもネットに楽曲を投稿していた

実は、2009年にボカロPのハチとして活動する前にも、ネット上に音楽を投稿していた米津玄師さん。

名前はボカロP名と同じハチという名前で、DTMを使用して、米津玄師さん本人が歌唱していた楽曲が30曲ほどありました。

しかし、自分が影響を受けてきたものが反映されすぎているという理由で、全て削除されてしまっています。

今となってはとてつもない価値がありそうですが、どこにも音源が残っていないのが現状です。

ちなみに、米津玄師さんは「蛙屋」という名義で、他の人が作ったボカロ曲を歌って投稿していたこともありました。

「ペテン師が笑う頃に」や「デタラメ妄想トリップ」などを歌っていましたが、こちらもすでに削除されているということで、非常に残念ですね。

 

もともとは漫画家志望だった

米津玄師さんは美術教員の免許を持っている母親の影響で、幼少期から絵を描くことを好んでいました。

そのことから、将来は漫画家を目指していたそうで、高校卒業と同時に大阪府にある美術の専問学校へ入学しています。

しかし、いざ入学してみると学校がつまらないと感じ、授業をさぼってゲームや卓球ばかりをしていたと明かしています。

実際に、入学から1年足らずで専門学校を中退されています。

また、漫画家を目指していたものの、1枚描くのに莫大な時間をかけてしまうので漫画家への道は諦めてしまったようです。

ハチ名義のボカロ曲ではほとんどのMVを自ら手掛けており、そのイラストの独創性はファンからも定評があります。

もし漫画家になっていたとしても、かなり人気の漫画家になれていたのではないかと思います。

 

米津玄師名義での活動を開始

米津玄師さんは、2012年2月から本人名義での活動を開始しています。

本人が作詞作曲、ボーカルを務めた「ゴーゴー幽霊船」「vivi」「恋と病熱」を3ヶ月連続でニコニコ動画とYoutubeにアップしています。

さらに、同年5月にはアルバム「diorama」を発売し、オリコン週間アルバムランキングで6位を獲得するなど、華々しい記録を残しています。

ちなみに、アルバム「diorama」にはボカロ曲が一切含まれていませんでした。

ボカロ曲をアルバムに含まなかった理由として、ボカロを隠れ蓑にしたくなかったということを米津玄師さんが語っています。

ボカロPとして成功していたからこそ、それを逃げ道に使いたくなかったという意外とストイックな面が見られました。

 

メジャーデビュー曲は「サンタマリア」

2013年5月29日、シングルCD「サンタマリア」をリリースし、ついに米津玄師さんがメジャーデビューを果たします。

当時、メジャーデビューについて、米津玄師さん自身はメジャーで活動する必要性を感じていなかったようです。

しかし、「自分が作る音楽をちゃんと理解があって、同じ熱量で同じ方向を見てくれる人と物を作るのがいちばん正しい姿」という自分と同じ考えを持つ方がメジャーにいたため、デビューを決めたと話しています。

その方が誰なのかは明かされていませんが、米津玄師さんがメジャーデビューを決めるきっかけになったならば、ファンとしては感謝を述べたいですね。

「サンタマリア」でメジャーデビュー後、同年の10月23日には両A面シングル「MAD HEAD LOVE / ポッピンアパシー」をリリースするなど、順調に音楽活動を行っていました。

また、そこから5日後の10月28日には、「パンダヒーロー」以来約3年ぶりとなるハチ名義での楽曲「ドーナツホール」をニコニコ動画とYoutubeに公開します。

メジャーデビューにより、ボカロは忘れられてしまったのかと嘆いていたファンもいましたので、ハチが帰ってきてくれたことへの喜びは感動に近いものがありました。

 

メジャーデビュー後の活躍と変化

非常に華々しいデビューを遂げている米津玄師さん。

メジャーデビュー後もその活躍は目まぐるしいものがありますね。

ボカロPの頃と比べて、米津玄師名義の曲は曲調が違うとの噂もあります。

デビュー後の米津玄師さんの活躍や、それ以前と比べての変化を見ていきましょう。

 

CMや映画への起用

メジャーデビューを果たしてから、米津玄師さんの作る音楽はさまざまな場所へ起用され始めました。

2014年にリリースされた「アイネクライネ」は東京メトロ2014年度広告キャンペーンへのタイアップ曲となり、米津玄師さんの名前を知る人が増えたきっかけになっています。

米津玄師さんは知らなくても、「アイネクライネ」は知っているという方も多かったのではないでしょうか。

2015年には、ニコンD5500のCMソングとして「Flowerwall」が起用、同年9月にリリースされた「アンビリーバーズ」はMIZUNOのWAVE ENIGMA 5のCMへ起用されています。

近年でも、「orion」や「ピースサイン」がアニメのエンディングやオープニングに起用されて知名度を上げていました。

「NANIMONO」や「打上花火」など映画の主題歌まで務められるほどになりました。

そして、ドラマ主題歌「Lemon」で爆発的なヒットを生み出しています。

メジャーデビュー後も、米津玄師さんは輝かしい活躍を続けられています。

「Lemon」の後は失速するのではと一部で囁かれましたが、「TEENAGE RIOT」がCMに起用されたり、初のソロでの映画主題歌「海の幽霊」をヒットさせおり、留まることを知りません。

多くの人が、米津玄師さんの生み出す音楽に魅了されている証拠と言えるでしょう。

 

曲調が昔と変わった理由は?

ボカロ時代など、昔から米津玄師さんを追いかけている方は、米津玄師さんの作る楽曲の曲調が変わったと感じたことがあるのではないでしょうか。

確かに、ハチ名義の曲などはアップテンポの中にも刺々しいものがありましたが、数年前からそういったものが少なくなっている気がします。

実は、米津玄師さんはメジャーデビュー後に、意識して曲調を変えられているのです。

その理由は、2015年に発売された米津玄師さん名義で3枚目のアルバムとなる「Bremen」でのインタビューで明らかになっています。

 

1枚目のアルバム「dioarama」

1枚目のアルバム「diorama」を完成させるまでは、自分が美しいと思っている狭い視点だけで楽曲を作っていたという米津玄師さん。

「diorama」以降はその作り方を辞め、2枚目のアルバム「YANKEE」を今までの曲調とこれからの曲調を半々にしたものに作り上げたそうです。

 

2枚目のアルバム「YANKEE」

「YANKEE」には「移民」という意味合いが込められているそうなので、結果的に米津玄師さん自身の移動を暗示したということになります。

そして、アルバム「Bremen」では、普遍的な言葉やメロディーを探してみんなが知っていることだけで音楽を作り上げていったと語っています。

 

3枚目のアルバム「Bremen」

「Bremen」では、確かに米津玄師さんにしては普遍的な言葉であったり、優しい感じの曲調が多いです。

簡単に言えば、独りよがりだった音楽を、みんなで共有できるものにしたということでしょう。

その結果として、iTunesやオリコンなど主要のヒットチャートのアルバム部門で初登場1位を獲得し、同年のレコード大賞では優秀アルバム賞に選出されています。

普遍的を意識して作ったものが大衆に受け入れられ始めたというわけです。

米津玄師さんのエッセンスを残しつつ、少しづつ普遍性を目指していったからこその曲調の変化だったのですね。

 

多くの人とコラボするようになった

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中田ヤスタカさんと。

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菅田将暉さんをはじめ、多くの方と楽曲を通してコラボするようになった米津玄師さん。

実は、このことも変化としてご自身が語られています。

米津玄師さんは自分のことを、自分の意思を全て尊重する個人主義の人間だったと話しており、人とモノを作る才能がなかったと明かしています。

米津玄師さんは学生時代にバンド活動も行っていましたが、うまくいかなかったそうです。

しかし、映画の主題歌となった「NANIMONO」での中田ヤスタカさんとのコラボを経て、誰かと音楽を作ることを楽しいと思えたそうです。

そこからはDAOKOさんや池田エライザさん、菅田将暉さんなど自分からオファーをして共に音楽を作ることが増えてきました。

音楽以外でも、ダンスで辻本知彦さんや菅原小春とのコラボもなさっています。

音楽を1人ではなく、誰かと作るようになったのも、米津玄師さんの大きな変化の1つだと言えるでしょう。

 

米津玄師と仲が良いのは誰?

長く音楽活動をしている米津玄師さんですが、仲の良い有名人は誰なのでしょうか。

米津玄師さんのSNSでは、時折、誰かとの飲み会の写真がアップされることもありますね。

私生活などはまだまだ謎に包まれている米津玄師さんですが、交友関係は意外と広いのです。

米津玄師さんが仲良くしている有名人の方をご紹介いたします。

 

まふまふ、Eve

ボカロが有名になる前から、歌い手として活動しているまふまふさんとEveさん。

ボカロが好きであれば、このお2人を知っている方も多いかと思います。

米津玄師さんと飲みに行ったり、ゲームをする仲だそうです。

米津玄師さんを含めた3人とも、ボカロ全盛期以前より活躍されていますので、話が合うのかもしれませんね。

 

キヨ

ゲーム実況者をメインとして活動している最終兵器俺達のメンバーであるキヨさん。

米津玄師さんとキヨさんの交友関係は、キヨさんのTwitterから判明しました。

2018年10月7日に、米津玄師さん、まふまふさん、Eveさんとの4人でゲームをしたという投稿をキヨさんがされたことがきっかけです。

キヨさんとまふまふさんは、仲が良いことで有名ですので、そこからの繋がりで友だちになったのではとファンは予想しています。

非常に豪華なメンバーで、どんな会話が繰り広げられているのか気になりますね。

 

古川本舗

古川本舗(ふるかわりょう)さんは、ニコニコ動画でミュージシャンとして活躍されている方です。

米津玄師さんとはニコニコ動画を通じて仲良くなり、2人でツイキャスをしていたこともあります。

米津玄師さんが古川本舗さんのライブを観に行くこともあるそうです。

古川本舗さんは米津玄師さんよりかなり年上ですが、サシ飲みをできるほど仲が良い友人の1人です。

 

川谷絵音(ゲスの極み乙女)

ゲスの極み乙女のボーカルを務める川谷絵音さんとも仲が良い米津玄師さん。

今年の1月に、セカオワハウスにて開催された新年会にお2人の姿がありました。

そして、それぞれのTwitterにてお互いの写真を「絵音に幸あれ」「米津に幸あれ」とコメント付きで投稿し合うという何とも微笑ましいやり取りをされています。

2017年頃に米津玄師さんが投稿していたTwitterでは、絵音くんと呼んでいましたが、呼び捨てにできるほど親しくなったようです。

 

野田洋次郎(RADWIMPS)

米津玄師さんが学生時代に好きで、ずっと憧れていたというRADWIMPSの野田洋次郎さん。

2015年に開催されたRADWIMPSのメジャーデビュー10周年記念の対バンツアーに米津玄師さんが出演し、現在では、米津玄師さんのInstagramに度々登場するほど、プライベートでも仲が良いようです。

上記のセカオワハウスでの新年会に野田洋次郎さんも参加しており、ピアノを弾く野田洋次郎さんを、楽しそうに撮影する米津玄師さんの動画が話題になったことは記憶に新しいですね。

憧れの人と仲良く戯れている米津玄師さんが非常に可愛いです。

 

ライブサポートメンバー

米津玄師さんがライブを行う際に、サポートメンバーとして楽器を弾いている3名とも仲良しです。

特に、ギター担当の中島宏士さん、通称中ちゃんはライブ中のトークでも米津玄師さんとの絡みが名物になっています。

よく飲みに行くこともあるそうで、これからも米津玄師さんのライブをサポートし続けてほしいですね。

 

wowaka(ヒトリエ)

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wowakaさんと。

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今年の4月、急性心不全のため訃報が報じられたロックバンド・ヒトリエのギターボーカル務めていたwowakaさん。

wowakaさんもまた、現実逃避Pとして長らくボカロで活躍しており、米津玄師さんにとってライバルであり、戦友でもある存在でした。

米津玄師さんは、ボカロっぽいを作ったのはwowakaさんだと語っており、米津玄師さん自身もwowakaさんからさまざまな影響を受けていたそうです。

wowakaさんの訃報を知らせるツイートを、米津玄師さんが無言でRTしていることから、よほど仲が良く胸を痛めていることが伝わってきます。

 

菅田将暉

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米津玄師さんと仲が良い有名人で、真っ先に思い浮かぶのは菅田将暉さんではないでしょうか。

菅田将暉さんに惹かれて、米津玄師さんの方から「灰色と青」でのコラボをオファーしましたが、現在では飲みに行ったりカラオケに行ったりするほどの仲だそうです。

雑誌の取材などでも、米津玄師さんが菅田将暉さんのことを絶賛されています。

菅田将暉さんのオールナイトニッポンに米津玄師さんが出演した際にも、トークから仲の良さが溢れていました。

今度洋服を買いに行こうとラジオで話されていたので、ファンはその実現と、その話が聞ける日を心待ちにしています。

 

米津玄師の所属事務所について

米津玄師さんの所属事務所を、ソニー・ミュージックレコーズと勘違いしている方も少なくないと思います。

米津玄師さんの所属事務所はREISSUE RECORDSという事務所で、音源の流通がソニー・ミュージックレコーズで行われています。

米津玄師さんの所属するREISSUE RECORDSについても詳しく見ていきましょう。

 

REISSUE RECORDSとは

REISSUE RECORDSは、米津玄師さん個人の事務所となっており、現在他のアーティストの所属などはありません。

個人の事務所となっていますが、女性の社長(Kさん)がいるそうで、この方が米津玄師さんのために立ち上げた事務所といわれています。

Kさんはもともと、大手レコード会社のスカウトを行っており、米津玄師さんがハチ名義でCDを手売りしていた時に出会ったそうです。

契約を結びハチとしての人気が上がってきましたが、以前よりハチのファンだったKさんは満足せず、大手会社を辞めてREISSUE RECORDSを立ち上げます。

そして、米津玄師名義で活動するように説得し、ライブが苦手だった米津玄師さんにライブの重要性などを話していくうちに、米津玄師さんも信頼を寄せていくようになります。

Kさんがいたからこそ、今の米津玄師さんがあると言えますよね。

米津玄師さんの生活リズムの管理などもKさんが行っていたそうで、本当に二人三脚で歩んできたのでしょう。

 

KさんがモデルになったCDジャケット

実は、REISSUE RECORDSの社長であるKさんがモデルになったといわれているCDジャケットがあります。

それは、2015年にリリースされた「Flowerwall」のCDジャケットです。

 

「Flowerwall」のジャケット

 

ショートボブのような髪型をした女性の横顔が美しいジャケットですよね。

Kさんは社長とはいっても顔出しはされていませんので、この噂は定かではないですが、「Flowerwall」の歌詞を見ると、確かにと頷けるのではないでしょうか。

まるで、Kさんとの二人三脚の日々が曲にされているような気がします。

噂の範疇を出ない話ですが、事実だとしたら、米津玄師さんらしいKさんへのお返しではないでしょうか。

 

米津玄師の病気について

米津玄師さんは以前、高機能自閉症であることを自ら明らかにしています。

また、マルファン症候群という病気ではとの情報も飛び交っていますね。

米津玄師さんが患っているものをそれぞれご紹介いたします。

 

20歳の頃に高機能自閉症と診断される

米津玄師さんが高機能自閉症だと診断されたのは、20歳になってからのことです。

本来、高機能性自閉症は3歳くらいまでに現れるのですが、自分がそうだとは気づかずに大人になって判明することも少なくありません。

高機能自閉症の特徴として、他人との社会的関係形成の困難さや、興味や関心が狭く特定の物にこだわるといったものがあります。

米津玄師さんは学生の頃、コミュニケーションの取り方が分からず、学校は行きたくない場所だったと語っています。

そんな折にネットの世界と出会い、そこが自分の居場所となっていたそうです。

また、強いこだわりに関しても、米津玄師さんにはそれが顕著に現れているのではないかと思います。

絵を描いている時はそれにしか集中できなかったり、音楽に対してのストイックさも、高機能自閉症から来ているものなのでしょう。

こういったことは隠す人が多い中で、ファンに公表してくれている米津玄師さんには非常に好感が持てますよね。

高機能自閉症であっても、米津玄師さんが才能に溢れていることに変わりはありません。

 

ファンからの声でマルファン症候群を知る

まず、マルファン症候群がどういったものか説明いたします。

この病気は、力を伝達する働きを持つ組織に異常が起き、心臓や肺といった全身の臓器に症状が現れます。

症状も人それぞれで、先天性のものがほとんどなので原因も判明していないという難病です。

日本でもこの病気の人は少なく知名度も低いですが、ちゃんと薬を飲むことによって平均の寿命までは生きられる病気です。

米津玄師さんがマルファン症候群かどうかについては、まだ診断されているものではありません。

米津玄師さんのファンが、Twitterで米津玄師さんへのリプライでマルファン症候群の疑いを呼び掛けたことがあります。

長い指と手足や高い身長、頭蓋骨の形状、視力の低下などすべてマルファン症候群の特徴だから1度受診してほしいといった内容のリプライでした。

このリプライを受けた米津玄師さんは、雑誌のインタビューにて、この病気を初めて知ったと話しています。

病名を調べると、自分のような人の画像がたくさん出てきて、自分はそうだったんだと思うようになったとも語っていました。

幼少期から、自分は人と違うという違和感があったという米津玄師さん。

その違和感に名前がついてスッキリしたと話していますが、実際に病院などに受診したかどうかは明らかにされていません。

痩せ型高身長は、米津玄師さんの魅力の1つですが、病気の症状だと思うと怖いですよね。

これからも活躍していってほしいので、病院の受診をされていることを願うばかりです。

 

まとめ

米津玄師さんについて、プロフィールや経歴、親しい人などを紹介してきました。

さまざまな経験を経て、今の米津玄師さんがあることを分かっていただけたのではないかと思います。

ボカロPとしても活躍されていた米津玄師さん。

ハチ名義の曲も、神曲と呼ばれるものばかりですので、最近ファンになった方にもぜひ聴いていただきたいです。

もちろん、米津玄師名義でのこれまでの楽曲も素晴らしいものばかりです。

シングルCDだけでなく、アルバムでも米津玄師さんの世界観に浸っていただきたいと思っています。

これからますます活躍していくであろう米津玄師さんは、友好関係も広がっていくことでしょう。

新曲の情報やライブの情報とともに、楽しみにしていきたいですね。

病気などの話もありましたが、すべてひっくるめて米津玄師さんの魅力であることに変わりはありません。

今後もファンの皆さんで、米津玄師さんを追いかけていきましょう。