歌詞の意味・考察

米津玄師「灰色と青(+菅田将暉)」歌詞の意味・解釈・考察まとめ

ライター:chikako.m 40代女性
米民歴:1年

 

米津玄師「灰色と青」歌詞全文

歌手・作詞・作曲:米津玄師

 

袖丈が覚束無い夏の終わり
明け方の電車に揺られて思い出した
懐かしいあの風景
たくさんの遠回りを繰り返して
同じような町並みがただ通り過ぎた
窓に僕が写ってる

君は今もあの頃みたいにいるのだろうか
ひしゃげて曲がったあの自転車で走り回った
馬鹿馬鹿しい綱渡り 膝に滲んだ血
今はなんだかひどく虚しい

どれだけ背丈が変わろうとも
変わらない何かがありますように
くだらない面影に励まされ
今も歌う今も歌う今も歌う

忙しなく街を走るタクシーに
ぼんやりと背負われたままくしゃみをした
窓の外を眺める
心から震えたあの瞬間に
もう一度出会えたらいいと強く思う
忘れることはないんだ

君は今もあの頃みたいに居るのだろうか
靴を片方茂みに落として探し回った
「何があろうと僕らはきっと上手くいく」と
無邪気に笑えた 日々を憶えている

どれだけ無様に傷つこうとも
終わらない毎日に花束を
くだらない面影を追いかけて
今も歌う今も歌う今も歌う

朝日が昇る前の欠けた月を
君もどこかで見ているかな
何故か訳もないのに胸が痛くて
滲む顔 霞む色

今更悲しいと叫ぶには
あまりに全てが遅すぎたかな
もう一度初めから歩けるなら
すれ違うように君に会いたい

どれだけ背丈が変わろうとも
変わらない何かがありますように
くだらない面影に励まされ
今も歌う今も歌う今も歌う

朝日が昇る前の欠けた月を
君もどこかで見ているかな
何もないと笑える朝日がきて
始まりは青い色

 

 

米津玄師「灰色と青」の誕生背景

米津玄師さんは、今までに見た映画からも、楽曲製作をする上で影響を受けています。好きな映画監督は、北野武さんです。

北野武さんの監督作品『キッズ・リターン』(1996年)を見た米津玄師さんは、このような楽曲を作りたいと、強い影響を受け、ずっと心の中にその想いを抱いていました。

米津玄師さんは1991年生まれですから、『キッズ・リターン』は米津玄師さんが5歳の時の映画作品になるわけですが、『キッズ・リターン』は時代を超えた普遍的な青春映画として知られています。

オンタイムでは映画を見なかった米津玄師さんの世代にも、北野武さんの映画が影響を与えていることは、才能がある人が才能がある人に共鳴を与えた、素晴らしい繋がりになっています。

『キッズ・リターン』は、問題児である2人の高校生が別々の道を選び、厳しい現実の中で、もがきながら生きる様子を描いた、普遍的な青春映画です。

『キッズ・リターン』のような楽曲を作りたいという、米津玄師さんがずっと胸に秘めていた想いに転機を与えたのが、菅田将暉さんなのです。

菅田将暉さんが出演した映画、『そこのみにて光輝く』(2014年)、『ディストラクション・ベイビーズ』『溺れるナイフ』(2016年)を見た米津玄師さんは、「菅田将暉とは一体なんなんだ」と、強く菅田将暉さんの存在に魅かれました。

そして、『キッズ・リターン』のような楽曲は、菅田将暉さんとしか作ることは出来ない、楽曲を作るのは今しかないと、米津玄師さんは確信します。

米津玄師さんは菅田将暉さんへこの想いを伝えるために会いに行き、どうしても楽曲を共に作りたいと、無理を言っているのを承知でお願いしました。

ふたりはその場で気持ちが通じ合い、『灰色と青(+菅田将暉)』の楽曲製作が出来ることになったのです。

タイミングの奇跡的な巡り合わせで、『灰色と青(+菅田将暉)』は、生まれました。

 

菅田将暉「灰色と青」のタイトルの意味

ある程度の大人になった時に、幼い頃のことを思い出そうとすると、輪郭はぼやけていて、色味も失われ、かすかな記憶だけしかないものです。

曖昧な記憶、でも大切な記憶は、色に例えるなら「灰色」で、グレーではなく「灰色」なのは、「灰」という、燃えてなくなってしまったように、今はなくしてしまったものだから「灰色」なのです。

対して「青」とは、今現在を含む、鮮やかな記憶や10代のきらめきを表しています。

人は大人になると、このように曖昧な記憶と鮮明な記憶の両方を持ち、ふとした時に、ふたつの記憶を行ったり来たりしています。

『灰色と青』とは、幼い頃のもう失ってしまった記憶と、今現在ある色鮮やかな記憶のことを表しているのです。

 

菅田将暉「灰色と青」のストーリー展開

もう夏が終わろうとしている。

僕は朝早くのがらんとした電車に、あてもなく乗っている。

なぜだろうか、そうしたかったんだ。

電車の車窓から景色を眺めていると、変わりばえもしない風景が続いて、僕はふと、君のことを思い出したんだ。

懐かしいあの頃のように、君は大人になった今でも、威勢が良くて思い切りが良い君のままで、居てくれているのだろうか。

うん、きっとあの頃の君のままに違いないと、僕は思う。

もう、今は、確かめるすべもないけれど。

君が今、どこかの知らない街で、きっと変わらずに居てくれていることが、僕の心を平穏にしてくれる。

 

俺は酒に酔っぱらって、気づいたらタクシーの中にいた。

眠い目を開けて、タクシーの窓から見える街を見ていると、ふと、あいつのことを思い出したんだ。

あいつは俺と違って、根は優等生だったから、今は立派な大人になって、歳にふさわしい生活をしているだろうな。

「僕たちはきっと夢を叶えることが出来る」

あいつの口癖を聞いて、笑い合っていたあの頃、俺達はなんておめでたい奴らだったか、笑っちまうよ。

俺はこんな大人になっちまったけど、あいつが何処かで優等生のままで居るだろうから、俺はそれだけで毎日を、何とかやっていくしかねえな。

あの頃の、くだらねえ、忘れられねえ思い出ってやつを、大事にしてっからよ。

 

今はもう、離れ離れになってしまった僕たちが共有出来るのは、あの頃の淡い記憶と、この空と月だけになってしまった。

なぜ、君と僕は、離れてしまったのだろう。

悔やんでも悔やみきれない。

でも、あの頃の記憶と、この空と月とを、君と分かち合えるなら、また今日という、ありきたりな日を始めることが出来るよ。

 

ありがとうを、君に。

礼を言うぜ、あいつに。

 

菅田将暉「灰色と青」の歌詞の意味・考察・解釈

ここまでを踏まえて、『灰色と青』の歌詞について、深く掘り下げてみましょう。

「菅田将暉」がいたから出来た楽曲

菅田将暉さんは、役柄に合わせて色々な表現が出来る、稀有な役者です。

正統派の好青年から不良まで、どの役もこなすことが出来て、役者として高い評価を受けています。

『灰色と青』では、米津玄師さん一人では表現できない、やんちゃで不良っぽさが出せる「菅田将暉」が存在して、初めて成立する楽曲になりました。

「米津玄師」と「菅田将暉」

今の時代をリードし続ける、象徴的なビッグネームであるふたりには、共通点はありながらも、「菅田将暉」にしかない圧倒的な魅力に、米津玄師さんは突き動かされ、ゲストボーカルに「菅田将暉」以外は考えられないと、自ら菅田将暉さんに会いに行きました。

米津玄師さんを揺さぶる程の魅力を持つ「菅田将暉」の存在が、『灰色と青』の製作には絶対条件だったのです。

 

失ってしまったのか、まだあるものなのか、という問いかけ

まだ背の小さな頃からの幼馴染みというものは、もうお互いに居場所もわからず、二度と会うこともない間柄になってしまいます。

でも、ふとしたきっかけで、記憶が呼び覚まされて、懐かしさに胸がいっぱいになる経験は、誰もにあることでしょう。

今も愛おしい幼馴染みの間には、友情は存在していると、思っても良いのだろうか、それとも、もう失われた過去の燃え残りに過ぎないのだろうか。

幼馴染み。

日々、大人として生きている中でふと感じる、懐かしい甘酸っぱさ。

年月を重ねた大人が想う、幼馴染みとの友情の一瞬の合致を、『灰色と青』では、「米津玄師」と「菅田将暉」、ふたりの若き才能ある歌い手によって、見事に表現することに成功したのです。